ただの大学生が考える「推す」という概念

こんにちは。

Haoです。

初めてのはてなブログです。

駄文ですが読んで頂けたら喜びます。

 

尚、推し事に限らず周りを見渡すことは

重要だと、今朝(2020.09.27)のニュースを

見て感じましたので幅広い解釈をして頂けたら

幸いです。

 

では、どうぞ。

 

 

SixTONESを応援するにあたって私が考える推すという概念

 

大前提として、

彼らが私の人生の軸になることはあってはならない。

 
 

 

いつぞやのすとーんずのぶろぐにて、

松村北斗氏の、

「人生の息抜きの瞬間、SixTONESがそばにいれればと思っております」

(たしかこんな感じ)

という言葉が、記憶に残っている。

というか、私の脳味噌にその文章が強烈に入り込んできたのを、覚えている。

今まで、アイドルは愚か誰かを推すという経験が無かった私は、彼らを推すことが人生の主軸になり得るという事実も信じ難かったが、もっと驚いたのは、推される側が推す側に自らをただの「息抜き」と半ば夢から目覚めさせるような一言を、自身のブログで、文字で、記録に残していたことだった。その一文を見て私が感じたことはただ一つ。

 


「こいつら、間違いない。」

(彼らのCMの言い回しをここぞとばかりに使います)

 

アイドルが、登録している人なら誰でも読めるブログでそんなこと言うか……?

言ってしまえば、

「俺らのために生きるんじゃなくて自分のために生きてね、のめり込むまで好きにはならないでね」

ということでしょ…?(私の解釈)

私は割と現実思考なので、熱狂的ファンは、時として良い金づるだと認識されることがあると考えている。どんなにこちらが彼らのことを好きでも、彼らに救われていても、運営から見れば、(あえて言うが、タレント本人から見ても)消費者の一人に過ぎない。もっとも、私情を挟まず事実だけを並べると、の話だが、どこまで行っても私たちは消費者であり、彼らは生産者である。

ここからは、私情を挟みまくった見解。

なぜ私が

「こいつら、間違いない。」

と感じたかといえば、

「ファンを人として認識し、その先にあるそれぞれの生活まで想像していた。」

から。

彼らは、ファンが彼らのグッズやCDを買ったりするお金をどのようにして作り出しているか、また、どのようなマインドで彼らを「推して」いるかまで、考えが及んでいる。

おそらく今まで、アイドルという仕事についてたくさん考えてきたのだろう。

アイドルの存在意義、アイドルを続ける理由、挙げればキリがないが、世間に見つかるまでに時間がかかった彼らだからこそ及んだ考えがあるはずだ。

そこにはもちろん、古くから応援し続けているファンの方々と彼らの、一言で語るには足りない関係性や、その先人たちから脈々と受け継がれているteamSixTONESと言われる所以たる「推し方」の影響もあるだろう。

かの有名な、team SixTONESの合言葉。

 

「事務所が推さないならファンが推す」


正直、ジャニーズのファンがここまで反骨精神を持って泥臭く応援しているとは思わなかった。(偏見)

この話もいずれ書きたいと思っているが、ひとまず今回は「推し方」にフォーカスして書いていく。

アイドル本人に「息抜き」なんて言われてしまったら、ファンは言われた通りに自分の人生をしっかり生きた上で彼らを応援しなくてはならないじゃないか。少なくとも私はあの一文を読んでそう思った。

自分の人生をしっかり生きる…………

つまり、推すことだけが全てではない、自分の職業はあくまでもエンターテインメントで、それは人生の中で余白の部分にあるべきだ、と彼は言いたかったのではないか。

完全に深読みの解釈だが、余計な深読みをするのも趣味の一つだと言い訳をして思考を巡らせる。

これが実現できているかはさて置き、わたしがSixTONESを推すにあたって心がけていることがある。

それは、「盲目的にならない」ことだ。

人を好きになるとどうしてもその人の全てが完璧に見えるし、ライブに行けば我を忘れて騒ぎ、否定的なことを言われるとなぜか「敵」に見える。

敵が多いほど信仰心は高まるし、私が応援しなきゃと文字通り「盲目的」になる。

大学生になるまでジャニーズとジャニーズファンに偏見を持っていた私は、この好きと言う気持ちが行き過ぎると世間と隔たりを生んでしまう原因になることを知っている。

実際に SixTONESのファンになると、その生きずらさは想像以上だった。しかし同時に、この世界の住人たちは想像していたよりずっと優しくて、温かくて、愛に溢れていた。

 


無知。

それは無意識に人を傷つけ、自分の世界を狭くする。




すみません。無駄にかっこつけました。

 


なぜ私がこれほど「盲目的にならない」ことを心がけているかと言うと、ズバリ、 SixTONESがそうだから。彼らはこれまでジャニーズが成し得なかったような結果を、YouTubeという新たな土俵で残してきた。デビューを果たしてからは先輩方と同じ土俵で互角の結果を残している。

普通なら調子に乗りそうな場面でも、常に外に目を向けて、地に足を着けながら積み重ねてきた。

そう、私たちが応援しているのは、

「地に足着いてる系アイドル」

もしくは

「立場わきまえてる系アイドル」

なのだ。

私が彼らに惹かれた一つでもあるこの要素は、

 

「客観視することに長けている」

 

とも言える。

決して順調では無かった長い芸能生活の中で彼らが身につけた、自分の位置を正確に把握する能力は、誰もが持っているものではない。

様々な偏見や固定観念を覆してしまうほどの実力と魅力を持った彼らだからこそ、そのチャンスをファンが妨げることは絶対にしたくない。

ジャニーズファンの中で常識的なそれは、端から見れば実は異常なことかもしれない。

長い時間をかけて築かれた歴史ある事務所と独特の世界観だからこそ、背中合わせにして手を繋いでいる六人を応援しているからこそ、内輪だけでなく広い世界に目を向けていたい。彼らは私たちを魅了してその世界に引き込むけれど、私たちには私たちの生活があることを知っているし、気にかけてくれている。

 

 

 

ラフにラブを。

 


なんて出来たアイドルだろうか。

それならばファンは、

彼らの望む姿であるだけだ。

私たちの人生の主役はSixTONESじゃなく、

いつでも自分自身であり、彼らもそれを望んでいる。

ただのオタクの妄想に過ぎないが、私はこうして私を保っている。

そして、少なくともこれまで私がTwitterで出会ってきたSixTONESのファンの方々は、それぞれのフィールドで培った技術を彼らに還元し、自分なりの方法で応援している。

これらはきっと、彼らがこの合言葉を言い続けてくれたおかげだし、長い間彼らを応援し続けてくれたファンのおかげだ。

 

良くも悪くも簡単に声が届いてしまう今の世の中、難しいことも多々あるが、私たちが応援す彼らのように着実に、そして誠実に生きていきたい。

長々と書き連ねてきたが、ここまで読んでくれた方は果たして何人いるのだろうか。

結論はいいつもただ一言。

 


SixTONESが好きだーーーーーーーー!!!!!!

 


以上、大学二年生のガキの妄想でした。